April 14, 2008

『パリの本屋さん』

 昨日、久しぶりに銀座に行きました。有楽町線銀座1丁目駅から地上に上がったら、光景があまりにも変わっていたので、「ここはどこ?、わたしはだーれ?」状態に。思わず、改札に引き返そうと思ったくらいです。高級有名店のビルが建ち並び、別世界に迷い込んだようでした。

 光景の余りのすごさに圧倒され、教文館へ彷徨いこんで、ジュウ・ドゥ・ポム著『パリの本屋さんParis Bouquins』(主婦の友社)を発見、即、買い求めました。
 中を開くと、パリの選りすぐりの本屋さんの色鮮やかな写真が目に飛び込んできます。日本の本屋さんも良いけど、パリの本屋さんも素敵だなあと、溜息とも歓喜の声ともつかない、「アーン、アーン、オーン」と、身をよじって鼻母音連発してしまいました。もし、人に見られたら、不気味だったでしょうね。
 そんなことはともかくとして、個性豊かなパリの本屋さんが次々と紹介されています。カッコイイ店主、素敵な店員さんたちも顔を覗かせています。本屋オタクの人はもちろん、パリが好きな人にもオススメの1冊。
 Falconはいつもレ・アールのFNAC(大型総合書店)へ行きますけど、今度パリを訪れるときには、あちこち専門店へ行ってみます。

 フランスへ行った人が「Librairie」という看板を街で見かけて、英語の「Library」から類推して「図書館」と思い込んで書店に入ったという話を耳にしますが、フランス語の図書館は「Bibliotheque(最後から2番目のeにアクサン・グラーヴという記号が上につきます。このブログではつけられないので悪しからず)」です。例外もありますが、ヨーロッパの多くの言語で、図書館は「ビブリオテク(ビブリオテカ)」と言います。以前、チェコ共和国の首都プラハで、「ビブリオテク」と言ったら、通じました。
 ビブリオテクのビブリオ(Biblio-)は「書物」の意味です。英語の聖書を意味する「Bible」も、同じ語源です。聖書は「The Book of books」とも言われ、「書物の中の書物」、いわば最もよく読まれている書物の王ということです。そのほか、書誌学を意味する「Bibliography」も「書物について記す学問(「グラフ」は描くという意味)」という意味です。
 「biblio-」は、古代エジプトのパピルスを中継貿易した古代フェニキアの都市ビブロス(現在のレバノンにあり、世界遺産に登録)の名に由来します。古代ギリシアの人たちは、文字の書かれたパピルスを、港町ビブロスからの舶来品という意味で「ビブリオン」と呼んでいました。江戸時代、南米原産のパンプキンを、カンボジアからの舶来品として、「カンボジア」→「かぼちゃ」と呼んだことと大変良く似てます。

 本屋さんのほか、図書館、ブック・カフェも紹介されています。
 図書館は4館。ポンピドーセンターのBPI、パリ市の児童図書館である「楽しいひととき」図書館、パリ市の技術・工芸専門図書館「フォルネイ図書館」、最近開館したばかりの「フードテック」。
 Falconは、「フードテック」以外の図書館へは行ったことがあります。
 パリには「探偵小説」専門の市立図書館もあります。ほかにもさまざまな図書館があります。国立図書館ミッテラン新館、アラブ世界研究所の図書館。。。。。。
 『パリの本屋さん』第2弾を期待します!

13:33:14 | falcon | comments(0) | TrackBacks

ウルビーノのヴィーナス展で、おおー!

 先日、国立西洋美術館で開催されている「ウルビーノのヴィーナス展」へ行ってきました。
 見てきた他の人も、ブログに書き込んでいるけど、「パリスの審判」のコーナーにある絵画の中の一つの右隅に、エドゥアール・マネの『草上の昼食』のモチーフとなった図像がありました。先頃、亡くなった若桑みどり先生の著作で見たような気がします。発見したときは、Falconも「おおー」と声を漏らして、思わず「マネの『草上の昼食』」と呟いてしまいました。『オランピア』と並んで、パリの画壇を震撼させて、非難を浴びた名画?、『草上の昼食』。草の上で衣服を身に着けた男たちに混じって、全裸の女性が誘うように目を向ける。マネは、既にある構図を真似たわけです。それを19世紀のフランスの郊外で昼食を楽しむ市民たちの情景にあてはめたのですが、≪女神≫という言い訳無しで、描いたのでスキャンダルになってしまった。キリスト教が信じられたヨーロッパでは、異教・異郷の女神なら、全裸でも良かったのです。そういう約束事を打ち破って、新しい美意識に目覚めたのがマネだったのですね。

 そう言えば、ヨーロッパの名門ハプスブルグ家からフランス王家に嫁いだマリー・アントワネットは、ヴェルサイユ宮殿の中にあったロココ時代の宮廷画家ブーシェの描いた神話に題材を採った裸体画が恥ずかしく嫌いで、局部に張り紙をしたというエピソードを何かの本で読んだことがあります。享楽に耽った王妃という噂話が先行していますが、屈指の名門の王女様ですから、それなりの教養と美意識を持った人だったのでしょう。
 そのうえ、潔癖症で、ヴェルサイユ宮殿にトイレを作ったのも彼女でした。彼女の故郷オーストリアではトイレがあって、彼女の母マリア・テレジアは執務中にトイレに行くのが面倒なので、椅子の下に便器を置いたそうです。出産後、直ぐに執務につく猛烈ママですからね。一方、当時のフランスではトイレがなかったので、便器で用を足していたそうです。場合によっては、宮殿内のあちこちで、便器無しで用を足すものだから、ルイ14世は足元がひどく汚れないようにハイヒールを履くことにしたそうです。それが後にファッションとして流行しました。王の威厳を保つために、ヒールの高い靴を履いたという説もありますが。アントワネットは野卑なフランスの宮廷生活に失望したのでしょうね。潔癖症の彼女に「マリー・アントワレット」とあだ名をつけた人もいたそうです。

 日曜日の夕方にTBS『新・世界遺産』、深夜に『世界ふれあい街歩き』を見ていたら、いろいろと思い出しました。

01:26:46 | falcon | comments(0) | TrackBacks