March 07, 2011

これこそが真の『図書館戦争』

 東京地区では3月5日から公開されているスペイン映画『アレクサンドリア』は、絶対見たいと思っている。

 アレクサンドリアは、若くして大帝国を築き上げたアレクサンダー大王にちなんだ、地中海に面した、エジプト第2の都市である。アレクサンダー大王の死後、武将の一人がプトレマイオスと名乗り、王朝を開き、ここを王都とした。ここには大灯台や図書館が建設されて繁栄を極めた。

 アレクサンドリアは学問の町として栄えた。活躍した学者には、古代エジプトの歴史を記したマネトがいる。ちなみに「エジプト第19王朝」といった王朝による時代区分はマネトの記述に従っている。日本では中学校の理科で習う、地球の大きさをはかった地理学者エラトステネス、浮力によって物質の密度を発見したり、円の面積を求めたりしたアリキメデス(シシリア島出身で、ポエニ戦争のときに命を落とす)、図書館学でお馴染みの「ピナケス(書誌、書物の記録、いわば今日の目録・分類の元祖)」を作ったカリマッコスがいた。

 有名な逸話に、プトレマイオス朝最後の女王クレオパトラ7世、そう絶世の美女とたたえられた、フランスの哲学者パスカルが『パンセ』という書物の中で「鼻が低かったら」と言われたクレオパトラが統治していた時代に、王族同士の戦いから発展した内乱がおきて、政敵ポンペイウスを追ってきたローマの武将カエサルの軍隊がクレオパトラに加勢して、その軍隊が放った火のついた矢が図書館に当たって炎上したという話がある。その後、ローマの武将アントニウスにクレオパトラが泣きついて、ペルガモン王国の図書館から書物を持ってこさせたというのは眉唾だろう。
 なにしろ図書館の遺跡が残っていないので、真実は不明である。
 仮に、この逸話が真実だとしても、その後、アレクサンドリアは復興を遂げて、学問の町として栄えた。ローマの五賢帝の一人、ハドリアヌス帝は巡幸のときに訪れて、ギリシア文化を称えている。

 ところが、コンスタンティヌス帝がキリスト教を公認して、テオドシウス帝の時代にキリスト教が国教化されると、アレクサンドリアの学問はキリスト教から「異教扱い」されて、たびたび迫害に合う。古代ギリシアから脈々と引き継がれてきた学問が危機に瀕する。映画は実在の女性天文学者を主人公に、図書館をローマ軍とキリスト教徒の手から守ろうとする人々を描いている。

 まさに書物と学問に命をかけた人たちの『図書館戦争』である。

 話は現代になるけど、ムバラク前大統領とユネスコが建設した新アレクサンドリア図書館は、どうなったのだろうか。この図書館建設のときに多額の寄付をしたのは、イラクの故サダム・フセイン大統領である。

 学問も、図書館も、権力者たちによって翻弄されてしまう。

Posted by falcon at 02:27:25 | from category: Main | TrackBacks
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