December 19, 2007
下界は銃社会へ
このところ、銃の発砲事件が多い。私たちは、なぜ武器を手にするのか。
ニュースや新聞報道で、毎日、流されると、はじめはショックを受けても、しばらくすると驚かなくなる。これを減感作という。武器を手にすることがフィクションで賛美されたり、勇ましく生きることが美化されると、心がそれに慣れてしまう。怖いことだ。
Falconは戦争を経験したことはない。しかし、東京の郊外で育ち、ベトナム戦争の末期、立川基地(現在の昭和記念公園)から飛行機、ヘリコプターの飛び立つときの爆音が生々しい記憶にある。福生の横田基地にも行ったことがある。
そして、なにより沖縄の基地の町に住んでいた。子どもの頃から、飛行機の音になれていたから、それほど驚かなかった。人が殺されるところは見ていないが、あの基地の風景の先に戦闘の地が存在している。そして、沖縄の過去には殺戮の地があった。
「今の日本は平和ボケしている」と政治家をやめたオッチャンと政治評論家、軍事評論家、国際政治学者たちが喚いているテレビ番組をときどき見ているが、平和であることがどんなに大切か、考えてほしい。
「銃撃戦を、フィクションだから、いいでしょう」と言い切ってしまうことの怖さを考えてほしい。
政治家に本当の愛国心があるのならば、若者を大義も名分もない戦争に送り込んで、罪もない民間人を巻き込むことはやめるべきだ。
本当の国際貢献は、早くアメリカに軍事行動を止めさせる説得をすることだと思う。それが良識ある国家の取るべき態度である。石油を供給するかどうかを、意見の異なる政党同士が政争の道具にするのは、実に愚劣だ。
戦争は理由がどうであろうと賛美されることではない。
武器はけして手にしてはならない。
これは、どんなことがあっても、曲げてはならないし、譲ることはできない。
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