November 24, 2007

大学教員の思いを理解してほしい

 遅読(スローリーダー)のFalconが、珍しく『高学歴ワーキングプア』を4日で読み終えた。それだけ、面白かったし、反発したし、共感もできた。
 読後感として、これだけは、ちゃんと説明しておきたい。特に入学試験のシーズンに突入しているからこそ、しっかりと言っておかなければ気がすまない。
 第7章「大学法人に期待すること」で、大学の教員や大学法人(理事・管理職・事務職)が、学生や院生を「馬鹿」呼ばわりしている、「金づる」ぐらいにしか思っていないと、水月氏は断言しているが、極めて遺憾に思う。たしかに一部には、そういう見方をされても仕方無い大学の教員、大学法人の関係者がいることは事実である。学会などで、大学のランキングの「一流」「二流」「三流」に拘って、気色悪いヘツライ言葉で、有名私立大学の先生に近寄っている大学教員を見かけると顔を背けたくなる。みっともない様だ。そんな連中が、学生を馬鹿にしているのだろう。
 ちなみにFalconは、「一流大学」になりきれず、「二流大学」とも言えない、贔屓目に見ても「1.5流」と世間からは見られている大学の教員である。けれども、そんな世間の評価に拘っていないし、「研究者」とか、「大学教員」になりたくて、今の職に就いたわけではない。ただ、人に自分の知識や経験を教えるのが好きでやっているだけだ。研究も、それなりにするのも嫌いではない。
 そもそも、水月氏が「一流」「二流」のランクづけに拘っている表現に共感できず、反発を感じて、読みつづけた。

 ただし、多くの大学教員は、学生たちの知的・倫理的レヴェル、あるいは学習意欲のレヴェルが低いことに苛立ちと諦めを感じている。これが素直で、率直な思いである。
 少なくとも、Falconはけして学生たち、受講生を「馬鹿」呼ばわりしたことは無いし、「金づる」だなんて、思ったことは一度も無い。いつも頂く給与は、学生たちと保護者の方が汗水流して稼いだお金だと思っている。給与、講師料に見合う講義をできたか、寝る前に反省している(「それじゃ、先生、長生きできないよ」と学生たちから笑われている)。フリーター生活、公務員生活が長かったから、けして、学生たちと保護者の方が稼いだお金を無駄にしないように、講義を充実したいと思っている。
 「馬鹿にする」という低い評価を下すのではなく、全ての大学において、知的レヴェル、倫理的レヴェル、学習意欲のレヴェルが低下していることは言えると思う。それは単に大学の門戸が広がったからだ。今の大学生の半数近くが、20年前の大学のレヴェルでは、絶対に合格できない。これは平成3年に門戸が広がった大学院についても言える。20年前の大学院生と、今の大学院生では歴然とした違いがある。
 しかしながら、Falconはレヴェルが低い学生を自立させて社会に送り出したいと思っている。入学時点では、たしかに知的レヴェルが低いかもしれない。でも、教育者であれば、そういう学生を大切にして、学習意欲を引き出すのが本筋でないか。○号さんたちは、研究するのが本職で、「馬鹿学生たち」を扱うのはゴメンだと思っていないだろうか。ここは、水月氏は文章で上手に逃げているが、本音が知りたいところである。
 アメリカやイギリスの大学院もピンからキリまであって、英語ができれば簡単に「入院」できるところもある。アメリカの大学院には、日本のカルチャースクールを制度で整えたレヴェルのところもある。(だからダンス教室の先生が修士号を持っている)拝米主義・拝英主義の日本では、留学すれば箔が付くと思っている人はかなりいる。

 Falconは、かつて体育学部の学生たちに図書館のことを教えたことがある。はじめは学生たちが講義を聴いてくれるか、怯えてしまった。とにかく、わかりやすく説明することを心がけた。気が散りそうなところは、興味が持てるように具体的に説明した。「書架とは、図書館の本棚のこと」「分類記号は、図書がどこにあるかを示す“番地”なんだ」「目録は図書の“履歴書”、ページ数は図書の“体重”、大きさは図書の“身長”だ」って、懸命に教えた。ジャーゴン、学術(学閥!)用語を使ったって、学生たちには理解できない。根気良く学生に説明した。学生たちが少しづつだけれども、分類の仕組みも目録規則も理解してくれた。最後には「もっと課題がしたい」とせがまれた。
 Falconが大学の教員になると決まったとき、「教室の後ろの方に座っている学生で、理解度が低いと思われている学生のレヴェルに合わせて、説明しなさい」と諭してくれた人(北海道大学のYさんに感謝!)がいた。今でも、その人の言葉は忘れていない。何もレヴェルを低くするからと言って、伝える知識を少なくするのではない。理解しやすいように工夫するだけだ。

 繰り返すが、Falconには大学のレヴェル・評判にこだわりは無い。それよりも、自分の講義内容を充実させて、自信を持って、学生たちに提供したいと考えている。
 世間ではレヴェルが低いと思われている大学の学生たちが、意欲的で、熱心に講義に取り組んでくれることもある。むしろ、その意外性に賭けている。また、レヴェルが高いと思われている大学でも、教えるスタイルは変えていない。常に底上げする。学生たちが理解しないのは、自分の説明が悪いと思うしかない。テスト・レポートは、学生よりも自分が試されていると思っている。

Posted by falcon at 17:41:38 | from category: Main | TrackBacks
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