October 24, 2009

「早く専任になりたあーい!」という悲痛な叫び

 昔、『妖怪人間ベム』というアニメ番組があった。オープニング・ソングの決め台詞は「早く人間になりたーい」だった。

 今、水月昭道著『アカデミック・サバイバル:「高学歴ワーキングプア」から抜け出す』(中公新書ラクレ)を読んでいる。『高学歴ワーキングプア』(光文社新書)の続編とも言える。すでに『高学歴ワーキングプア』は、このブログで取り上げた。



 著者の主張に納得できるところもあるが、専任の大学教員になれば、それなりに厳しい現実が待っていることをしっかりと伝えてほしい。今回の著作で、売れっ子の大学の先生が忙しいことを書いているが、多くの大学の専任教員が多忙を極めている。一般の会社員や公務員と違って、9 to 5の時間的な拘束はないけど、講義の準備、学生への対応、委員会、レポート・論文の査読、受験生の確保のために高校周り、オープンキャンパス、入学試験の監督など、ゆっくり研究に勤しむ時間は無い。最近では、大学の事務職員が削減されて、以前なら講義の前に「学生の人数分、コピーしてください」と職員にお願いできたことが、「あたしたち、先生の授業のコピーするために雇われているわけではありません!」とけんもほろほろに突き返される。(えー、あなたたち、何で大学に雇われいるの!)と言ってやりたいけど、ぐっとこらえて、苦笑いしながらコピー機の前に立つしかない。専任教員は大学の職員に気を使いながら学生たちに講義をしている。
 所得が少なく、辛くても、夢を見ながら、自由な時間を使って、論文を書ける非常勤講師のほうが、と思いたくなる。
 大学の専任教員は、もはや楽して稼げる優雅な商売でなくなっている。

 大学の専任教員はダブついている。
 第二次ベビーブーム世代が大学に入学してきたころ、1980年代末から90年代前半、日本では受け入れる大学が不足して、新設大学、学部・学科の増設が相次いだ。バブル経済は崩壊したばかりで、不況とは言え、海外旅行へ出掛ける人は一向に減る気配が無かったくらい日本経済は余力があった。しばらくは新設された大学や増設された学部・学科でジャンジャン大学教員が雇われたが、加速する少子化と急激な景気の落ち込みにより、入学する学生が減ってきた。それでも進学熱があったので、学生は少子化にもかかわらず、大学を維持できる程度、入学していた。ということは、30年前、20年前だったなら、大学に入れるはずもない学力の低い学生が増大している。さらに世界的な景気低迷が襲い、入学定員を確保できた大学でも、最近の教授会では毎回、家庭の経済的な困窮で学費を払えず、自主退学している学生の報告が相次いでいる。
 事実上、日本の大学教育は崩壊寸前である。国文学を学ぶ学生が古典文法を全く理解できていない、高校の勉強を復習しないと講義ができないところまで、学生のレベルは低下している。大学教員は学生たちを前にして、講義で黒板に書かずに、同音異義語の漢語表現、つまり同じ発音をする熟語を使って話せない。「支持している」と言っても、「支持」「指示」「師事」なのか伝わらないくらい学生たちの理解力が低下しているので、黒板に書くか、配布物で確認させるか、やさしい表現に置き換えないと講義が進まない。
 大変悲しいことだが、大学がどんなに大きな手を広げて受験生を受けとめようとしても、入学者は来ない打ち止めのところに達している。今、現職の専任教員の給与を維持していくのがギリギリである。だから、ノラ博士が「早く専任になりたあーい!」と大学の校門で悲痛な叫びをあげても、大学関係者は「いずこも同じ秋の夕暮れ」としか答えられない。

 今回の著書の冒頭のほうで、京都大学の図書館で非常勤職員をしていた人が首を切られたこと、つまり雇用打ち切りになったことを抗議しているエピソードがあった。著者が、東大卒で京大で修士課程を修了して京大の図書館で職員をしていた人をインタビューしている。
 公立図書館、大学図書館、学校図書館、そして国立国会図書館までも、多くの非正規職員に支えられている。非正規職員の多くに雇用期限があり、専門的業務蓄積ができない。図書館の世界では、今に始まったことではない。二十年くらい前から慢性化している。
 このエピソードで、厳しいことを言いたくないが、雇用を打ち切られた人たちは、図書館の非常勤職員は雇用が不安定で、けして恵まれた状況ではないのは十分承知していたと思う。図書館の仕事を愛して、東大の文学部を卒業し、京大の修士修了くらいの能力があれば、国立国会図書館職員採用試験、あるいは国立大学法人職員採用試験を受ける気はなかったのであろうか!?京都大学の図書館で、何も知る手段もなく、ただ奴隷のように働かされたと思えない。Falconのように東京の中堅大学を卒業して、図書館関係でアルバイトをしながら、必死になって勉強して、公務員試験に合格したのとは、わけが違うでしょう!
 心のどこかで図書館の雰囲気に浸かって、甘えていたとしか思えない。京大図書館を相手に抗議する勇気があるなら、堂々と試験を受けて職員になればいいと思った。泣く子も黙る東大卒なら、国立大学法人職員採用試験なんて、赤子の手をひねるくらい簡単だと思う。国立国会図書館職員採用試験の1種試験は採用者が少ないとはいえ、2種試験くらいなら受かるはずでしょう。
 申し訳ないけど、このエピソードだけは全く同情の余地が無かった。

Posted by falcon at 01:48:02 | from category: Main | TrackBacks
Comments

通りすがり:

一意見ですが、学歴はどうあれ、正社員・正職員になる目標を達成した人のエピソードはあっても潰えた人のエピソードは少ないですね。仮に大学の先生になれなかった場合、正規採用の図書館員になれなかった場合果たしてどのような身の振り方があるのか。経験をいかして近い職種でのびのびやっているといった前向きなエピソードならよいのですが、若くして残った可能性がフリーター、派遣社員、果ては日雇い労働しかない場合が多数を占める状況であれば、年金支給対象になるまでは、年齢に寄らない正規採用のチャンス、1から指導する職場体制があってほしいです。
(October 24, 2009 10:58:47)
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