May 22, 2013

本の都の物語



 塩野七生さんの著作に『海の都の物語:ヴェネツィア共和国の一千年』があります。随分前に中公文庫で読んだ覚えがあります。



 ヴェネツィアは海洋国家であるとともに、世界で最も早く印刷業が盛んになった地です。まさに「本の都」でもあったのです。
 今でこそ、電子書籍がもてはやされていますが、印刷業のさまざまな事項のルーツがヴェネツィアにあると言っても過言ではありません。

 西洋の古典籍に興味のある方には是非、お勧めします。図書館史に関心がある人にとっては必読書です。
 実は昨年、イタリア語の原著を買ってあったのですが、翻訳に先を越されてしまいました。
 ヴェネツィアに土地鑑があれば、十分に堪能できますが、ヴェネツィアに行ったことのない人でも、十分に楽しめます。とくに「消えたコーラン」の賞は、『ダヴィンチ・コード』を読んでいた時の興奮がよみがえりました。

 最近、図書館情報学の話題は図書館経営と利用者満足度なんですけど、果たしてこれだけで良いのかなあと思います。1980年代の日本の図書館で起こった、いわゆる「貸出至上主義」の再来、って言うか、既視感(デジャ・ヴュ)を感じるんですよね。貸出率の高い図書館が優れた図書館だと思われた時代を思い起こさせるんですね。利用者を満足させれば最良の図書館!と考えるのは、はたして正しいと言えるでしょうか。利用者と言っても、さまざまな利用者がいますから、利用者の満足度は、貸出至上主義ほど単純なものではありませんけどね。
 その一方で、資料の保存や資料についての知識が蔑(ないがし)ろにされて、「これからは情報検索と利用者の満足度だ」と堂々と言い切っている人がいます。電子書籍などのデジタル化の前では、かつての図書や雑誌の紙の文化はひれ伏すしかないかもしれませんが、情報検索はもうすでに図書館の手を離れて、利用者のほうが上手(「じょうず」と読んでもいいし、「うわて」と読んでもいい)です。つまり、インターネットの検索で熟達した利用者が現れていて、いまさら情報検索を学問の領域にして偉そうな顔をするのは、「裸の王様」よりも恥ずかしい。手引書のレベルでは、図書館情報学の専門書よりもはるかに優れた解説書があります。

 「貸出至上主義」が虚しい痕跡しか残せなかったことを思うと、やはり図書館は地に足をつけて、図書や雑誌の文化を守る牙城となっていてほしいですね。

 その意味で、この本を推します。


23:52:04 | falcon | comments(0) | TrackBacks