April 10, 2010

山谷ブルース

 「山谷ブルース」という歌を知っている人は、おそらく60歳台以上の人だろう。高度成長期の日本を影から支えた人たちの哀愁に満ちた歌詞だ。哀愁なんて、甘いものではない。過酷な状況を憂うる。高度成長期が終わって、バブル経済の時代は繁栄の底辺でうごめく人のように扱われ、ホームレスと呼ばれていた。しかし、その中には【どや街】とよばれる簡易宿泊所が密集している地域で生活している人たちもいて、低賃金でも肉体労働を厭わずする。ちなみに【どや街】とは「やど(宿)」をひっくりかえして「どや」にしたもので、銀座を「ざぎん」っていうようなものだ。

 かなり前に単行本として刊行されて、今は新潮Oh!文庫に収録されている『山谷ブルース』という著作がある。東京のどや街・山谷を舞台にホームレスの実態を記した本だ。

 日本十進分類法では、ホームレスに関する資料は369社会病理の369.2で分類する。

 図書館にはこんな本もある。ちなみに『山谷ブルース』の著者はエドワード・ファウーラと言う外国人である。

 大学の先生も、世間の人が思うほど楽な仕事ではない。卒業式、入学式では保護者に席を譲り、会場の隅で立ち見をして、講義が始まれば、学力不足の学生の支援もする。

 『教壇ブルース』という本を書く外国人がいたら、いくらでもインタビューに答えるよ!

21:09:20 | falcon | comments(0) | TrackBacks

春の怒りの嵐

 大学も新年度が始まった。

 一応、最初の講義は履修登録期間中ということもあって、オリエンテーション的な講義にしている。

 出席に関して一定のルールを示すことにしている。
 基本的に出席点は考えず、成績を付けるにあたっての最低条件としている。図書館司書課程、学校図書館司書教諭課程の先生の中には、「講義を聴いてくれてありがたい」ぐらいの気持ちで、出席点で成績を付ける先生がいるが、Falconは知識と技術、能力が評価できなければ、成績は付けない。出席日数を満たしていても、試験やレポートの成績が悪ければ、容赦なく、成績を落とす。講義中での学生の我ままを聞くだけ聞いて、理不尽な授業アンケートの書き込みにも耐えて、忍従の日々を過ごすのだから、成績を付けるか、付けないかの生殺与奪の権利は教員側にあって当然であると思っている。

 ところが、学生たちはひたすら講義を休むことを考えている。講義を休むのなら、受講を拒否しているのと同然なのだから、成績が付かないことは、馬鹿でも解りそうなことだ。「学生が講義を休んでも、成績を付けろ」と、脅かす学生がいたので、呆れ果てて、もう少しで感情を乱すところだった。尤も、こちらが感情を乱す前に、学生のほうが精いっぱいに不服そうな表情を浮かべていた。

 それにしても、資格課程なんだから、喧嘩腰になって、成績を求める必要があるのだろうか。別に卒業に必要な単位と関係ない。大学で受講できなくても、通信教育だって、講習だってある。学生自身の都合に合わせて、受講すればいい。

 学生たち、ふふっ、笑顔の影には、氷の刃が控えていることを忘れるなよ。

 誤解しないでほしいのは、あくまでも不公平なく、公明正大に評価をするのであって、学生たちの態度で成績をつける愚は間違ってもしない。

 桜吹雪の中で憂いに浸っている自分がいる。

19:52:10 | falcon | comments(0) | TrackBacks