March 27, 2012

壮絶な人生

 トーマス・ヘイガー著『大気を変える錬金術:ハーバー、ボッシュと化学の世紀』(みすず書房)は、ここ最近、読んだ本の中で最高の感動と衝撃だった。

 おそらく人類にとって、これ以上の発明は無いと思う。至高の発明である。それなのに、ほとんどの日本人は全くといって気に留めていないだろう。高校の化学の時間に必ず習うアンモニアの工業製法、ハーバー・ボッシュ法は、全人類を飢餓の危機から救った発明である。Falconは小学生の時から知っていたけどね。

 地球上の生物にとって、最も大切な元素を3つまで挙げるとすれば、炭素C、水素H、酸素Oである。これらは植物が光合成で空気中の二酸化炭素と土から吸収した水によって炭水化物を生成して、取り込まれる。これを動物が捕食して、さらに別の動物が捕食をして食物連鎖が続く。やがて、分解者である菌類、バクテリアなどが二酸化炭素と水へと戻す。
 この3つの元素に加えて、窒素Nが無いと生物は生きてゆくことができない。たんぱく質や酵素を作るには、窒素が欠かせない。そのほかリン(燐)P、硫黄S、ナトリウムNa、カリウムK、カルシウムCaなどのミネラルが必要になる。
 その窒素は大気に大量に含まれているのに非常にしっかり安定した結合で2つの窒素元素が分子として存在するので、稲妻により窒素酸化物が作られるか、豆類の根に付着する根粒菌によって、生物に取り込まれていた。
 窒素が無いと生物はあらゆる生命活動を維持することは不可能である。
 19世紀末には肥料が供給の限界に達していた。そのために南米で、原料の供給地を巡って凄惨な戦争が起きていた。
 鉱物などに頼らず、より効率的で、安価な空気と水を使って、アンモニア(窒素と水素の化合物)を生成したのが、ドイツのハーバーとボッシュである。ともにユダヤ人であり、あまりにも天才的な発明を発表したために、壮絶な人生を歩むことになる。

 19世紀末から20世紀へ、ちょうど第1次世界大戦から第2次世界大戦という時代の荒波に呑まれながら、必死に生きた2人の人生は知れば知るほど、筆舌尽くしがたい。
 人類にとって至高の発明をして、ノーベル賞を受賞していながら、彼らの偉業を知られないのは、ハーバーが毒ガスを実用化することに尽力し、ボッシュがヒトラーとナチスに加担したためであろう。ドイツに生まれたユダヤ人ゆえ、避けられない運命にあった。

 息もつかせない、スピード感で、2日で読み終えた。最高の読後感を味わった。

 2人のエピソードに、ダーウィン、アインシュタイン、ヴィルヘルム2世、ヒトラーなどの脇役が花を添える。
 歴史と化学、経済学、経営学など、あらゆる学問のエッセンスが詰まっている。さまざまな立場から読むことのできる傑作中の傑作である。

 本書では取り上げられないが、窒素は最先端科学の半導体産業にも深くかかわっている。青色発光ダイオードは窒化ガリウムが原材料である。窒素は肥料や爆薬の原料になるだけでなく、半導体の原料としても欠かせない。
 ハーバーとボッシュがアンモニアの製法を確立しなければ、人類の運命は大幅に修正されていたはずである。

 

Posted by falcon at 00:36:15 | from category: Main | TrackBacks
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