February 28, 2011

本当は怖い読み聞かせボランティア:サンデルの導き

 ボランティア井手陽子さん(仮名)は学校図書館担当の先生に呼び止められました。
 「井手さん、あなたが編集した図書館便りなんですけど、昨日、校長に確認してもらったところ、児童の氏名、写真が掲載されているって、注意されました。発行前だったから、問題ありません。でも、最近、保護者がうるさいのよ、肖像権がどうの、こうのって」
 「でも、先生、肖像権って、芸能人や作家などの有名人の問題じゃないですか。学校の児童生徒は、顔を売っているわけじゃないし」
 「わかっています、井手さんの言うとおり、肖像権、パブリシティ権は有名人の問題です。財産権ね。児童生徒の顔写真は個人のプライバシーの問題ね。顔写真や氏名が公表されて、悪用されたり、児童生徒が危険にさらされたり、個人的なことで精神がさいなまれたりすることが問題です。校長先生も知ったかぶりして、著作権と似ているとか、基本的人権の問題とか、憲法問題だとか喚いていた。ま、校長も最近、心労が募っているみたいだから」
 「以後、気をつけます」
 「余計なことをいってしまいましたけど、気をつけてくださいね」

 陽子さんの背後から3年生の熊田勇太君(仮名)が本を持って近づいてきました。
 「おばさん、この本、貸して」
 「ハイハイ、勇太君のカード探すから待っていてね」

 1週間後。

  井手さんは校長先生から呼び止められました。
 「井手さん、こちら金串要子さんです。明日から読み聞かせボランティアに来てもらいます」
 井手さんは思わず、「読み聞かせなら、私がしていますから」と言いかけましたが、校長先生には口応えができないので、言葉を飲み込みました。
 「金串要子(仮名)です。よろしくお願いします」

 こうして金串さんが読み聞かせボランティアとして参加してくれることになりました。最初はライバル心を燃やしていた井手さんでしたが、金串さんの読み聞かせは井手さんでも引き込まれるほど素晴らしく、子どもたちの間でも大人気になりました。

 「金串さん、どうしたの?」
 「ええ、ちょっと。。。。。。」
 金串さんが子どもたちの貸出カードをめくりながら、何かを必死に探しています。
 「貸出は私がしていますから、金串さんは読み聞かせをしていただければ」
 「ええ、まあ、はい」
 金串さんは納得したようで、読み聞かせの準備を始めました。

 「金串さんのご主人って、何されているの」井手さんは尋ねました。
 「金融業です」
 「そう。銀行?」
 「そんなところですね」
 「いいわね、だからボランティアできるのね」

 しばらくして、井手さんはインフルエンザにかかり、学校図書館のボランティアを休みました。

 「井手さん」副校長先生から電話がかかってきました。「金串さんがボランティアを急にやめると言ってきて、図書館の先生が困っています。お加減はいかがですか」
 「御心配ありがとうございます。子どもからうつったみたいで、もう少しかかるみたいです」
 「ボランティアの方ですから、無理に出てきてほしいとは言えないのですが、早く良くなってくださいね」
 「ありがとうございます」

 10日たって、井手さんが学校図書館ボランティアに復帰しました。
 (あら、熊田勇太君のカードが無い。どうしたのかしら?)
 そういえば、勇太君がやってきません。勇太君は、お父さんが事業に失敗して、お母さんに逃げられて、9月の2学期から転校したばかりで、家で本を買ってもらえないので、よく学校図書館に本を借りきていました。井手さんは健気な勇太君をいとおしく思っていたところです。
 学校図書館担当の先生がやってきたので、井手さんは熊田勇太くんのことを尋ねました。
 「実は、勇太君が別の学校へ転校しました」
 「ええー、だって勇太君、3か月前に転校してきたばかりでしょ」
 「お父さんの都合でね」
 学校図書館担当の先生はちょっと暗い顔になりました。
 「あのお、金串さんが辞めたのも何か関係が?」
 先生はそれ以上言ってくれませんでした。

 あとで他の学校のボランティア仲間からのうわさが聞こえてきました。
 金串さんの夫は貸金業者で、返金を踏み倒して、夜逃げをしている家族の児童がいる学校に狙いをつけて、要子さんがボランティアをしながら、家族の調査をしているようです。

 (ええ、あの金串さんがそんなことを。それに勇太君が転校したなんて)

 井手さんは学校図書館に潜む闇に暗澹となる思いでした。

 確かに借りたお金を返さない人が悪いのは当然ですが、学校図書館で家族調査できることも個人のプライバシーが守れないことも大変重大な問題です。マイケル・サンデル氏は、この問題をどのように導いてくれるでしょうか。

 また、取り決めを十分にしないでボランティアを安易に受け入れる学校にも問題があります。学校には司書教諭の先生がいます。本来、司書教諭の先生が専任で置かれていれば、問題は起きにくかったでしょう。ボランティアには守秘義務もなく、責任もありません。
 個人情報漏洩に異常に極端に過敏になる(三重に強調する表現に注目)のに、学校図書館とボランティアに関しては野放しになっていることに矛盾を感じます。

Posted by falcon at 21:37:26 | from category: Main | TrackBacks
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