October 09, 2010

図書館学の研究に再現性はあるのか

 突然、「再現性」と聞いて、何のことだか、わかりますか?

 物理、化学の世界で、一定の条件の元で実験を行った場合、必ずといっていいくらい同じ結果が得られることです。誰が行っても、どこで、いつ行っても、同じ結果が得られることです。

 稲葉振一郎著『社会学入門:<多元化する時代>をどう捉えるか』(NHKブックス)をしばらく前に読んでいました。
 社会学は幅広く「社会一般」のことを扱う学問ですが、一見捉えどころのないように見えて、ある程度、視点がはっきりしている。伝統的に、あるいは、ある一定期間、決まりきった考え方、「定型」として筋が通った見かたがされていることを、転覆して、つまり、ひっくり返してみる、面白い、興味深い考え方をする学問です。女性問題、ホームレスの問題、犯罪の問題、自殺の問題、衣装の変化、モードの問題、はてはオタク学だって守備範囲になってしまう。就職できない、したくなくて、とりあえず大学院に入ってしまって、研究するテーマが見つからず、指導教官に泣きついて、テーマをもらうには、うってつけの学問といえます。そして、うまくすれば、メディア、つまり新聞、雑誌、テレビが注目してくれると、一躍、時の人になれる、大学の先生にもなれる、結構、おいしい学問です。冷静になって、考えれば、社会のことを扱っていながら、社会への貢献度の低い研究テーマが多い分野です。

 稲葉氏の著書を読んでいて、図書館学、格式ばって言えば、図書館情報学は、社会学の一分野と言っていいくらい、一致することが多いと思いました。
 稲葉氏は著書の中で、社会学で扱う事象は再現性が低いと「言って」います。(「書いて」と書かずに、「言って」と書いたのは、稲葉氏のこの著書が、大学の講義で話したことを採録して加筆しているからです。養老孟司氏の『バカの壁』にしても、内田樹氏の著作にしても、口述筆記に近い著作が多い)社会学で扱う事象が、条件を整えて、実験できないからです。図書館学でも、同様です。

 特に学校図書館に関する研究発表、実践発表は、再現性が低い。実践者の優れた実践を真似しようにも、異なった状況では無理で、意地悪な見方をすれば、実践を得意げに自慢しているだけに過ぎないものが多い。その上、理論がない。この点は稲葉氏が指摘する社会学の問題点と一致します。
 その中でも、特に読書に関しては、実証できないことを、みんなで納得している場合が多い。「読書が人生を豊かにする」「読書が感性・感受性を鋭くする」「読書が人間性を豊かにする」。まず、「人生を豊かにする」って、どうやって証明すればよいのでしょうか。豊かな人生って、何でしょうか。Falconのように、何の取り柄のない者が一応、勝ち組になって、何とか生きている、しかも、波乱万丈な経歴が隠されている、こんなのが「豊かな人生」と言えるでしょうか。人が思い描く「豊かな人生」を実証的に評価することはできません。「人生いろいろ」ですもんね。「感性・感受性」も、あいまいな定義で、評価ができない。「人間性」って、何でしょう。ルネサンスの時代なら、キリスト教、カトリックが規定する「神」に対する対立軸として、ユマニスム、ヒューマニズムがありました。ナチスのホロコーストでのユダヤ人虐殺、ベトナム戦争の時のアジア人への非道、人を人として扱ってもらえない状況下では、人間性の意味が明確になりますが、何の前触れもなく、いきなり「人間性が豊かになります」と言われても、困りますね。
 「読書が想像力を高める」想像力って、簡単に評価できませんね。個別の問題で、想像力だって、いろいろあるのよ、ですからね。

 図書館学で、誰もが納得できる、しかも社会に貢献度の高いこと、それって、無いものねだりなのかもしれません。
 そんなことを模索しています。
 物理、化学の実験のように、再現性のある事象を解明する、切れ味のいい理論って、無いのでしょうか。

 稲葉氏の著作は、社会学への、ほのかな愛惜と未練を感じる、名著です。巻末の文献リストは、ますます読書意欲を掻き立てられます。

Posted by falcon at 23:33:13 | from category: Main | TrackBacks
Comments

通りすがり:

 宮台真司氏が社会学者として登場して以降、社会学の研究対象の敷居が大いに下がり、最近では近鉄バッファローズとオリックス統合によるファンの変動や東方神起のミーハーなファンのエッセイすら社会学的研究として発表されていました。それらを研究のレベルが低いと嘆くこともできれば、楽しいコラムと捉えることもできます。

 お笑い芸人であるサンキュータツオ氏のおもしろ論文紹介をラジオで楽しく聞いています。しかしながらそんな研究をするために大学や研究機関が小額であれ研究費や給与を工面し、身分を保証しているのには不安になります。
(October 19, 2010 11:57:53)
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