July 15, 2012

『地獄』を見る大学教員の隠微な快楽

 ムフフフ、深夜、ひそかに絵本を開く。

 眼下に繰り広げられる地獄絵巻。

 亡者たちは、三途の川を渡るときには、奪衣婆に衣服をはぎ取られ、閻魔大王の裁可にあう。恐ろしい形相の地獄の鬼たちが、うめく気力さえ萎えた亡者たちをいたぶり、苛み、その体を切り刻む。まるで屠殺場で解体される家畜のようだ。



 今、子育てをする母親たちの間で大ベストセラーとなっている絵本『地獄』を毎夜毎夜、寝る前に読んでいる。千葉県の寺が所蔵している地獄絵に解説を加えた絵本で、東村アキコさんのコミック『ママはテンパリスト』に取り上げられて以来、母親たちが子どもに読み聞かせするために買い求め、幼稚園、保育園でも大評判になっている。一時は品切れになるほどの売れ行きで、ちなみにFalconが5月末に買った時には第28刷になっていた。

 Falconは、別に良心に呵責を感じることは無く、地獄絵を見て、反省もしない。

 むしろ、Falconを苦しめた者たちが地獄に落ちたさまを思い浮かべている。

 嘘をついたり、約束を破ると、釜ゆでにされて、何度も何度も煮られる「かまゆで地獄」に落ちる。串刺しの亡者の姿が生々しい。

 告げ口をしたり、他の人を馬鹿にして、悪口を言ったりした者は、「針地獄」に落ちる。

 「ねえ、誰のことを思い浮かべているの?」
 それは、自分の胸に手を当てて、考えてみれば!

 でも、「針地獄」には、亡者たちに交じって、全身、緑色した鬼が、とんがった岩に突き刺さっている。亡者を責め立てるはずの鬼が一緒になって刺さって、もがいている。なんだか、笑ってしまう。

 人の話を最後まで聞かないで、自分勝手な振る舞いをすると、火のついた車に乗せられて、地獄中を走りまわされる。ところが、この「火の車地獄」は、火のついた車を引っ張っている鬼たちのほうが苦しそうに喘いでいる。乗っている人は熱いかもしれないが、手で目を覆い、嘘泣きしているようで、なんだか楽しそうに見える。火のついた車で地獄見物できるのだから、結構楽しいかもしれない。

 「いい加減にしなさいよ、鬼たちの気も知らないで、茶化していると、あんた、本当に地獄に落ちるわよ」

 いや、もう、この世の地獄にいます。それも、たっぷりと。
 同じ苦しみを何度も何度も味わうならば、そのほうが楽です。減感作効果がありますから、最初は激痛でも、繰り返して苦しむならば、痛みは和らぐものです。次から次へと絶え間なく、別の苦しみが襲ってくるほうが途轍もなく苦しいです。

 自分を苦しめた者の姿を地獄絵に当てはめて、思い浮かべる。何と隠微な快楽でしょう。この世の地獄から逃れられない者が味わうことを許される、唯一の愉楽。

01:42:59 | falcon | comments(0) | TrackBacks