June 05, 2011

『知の広場』の気になる訳語

 翻訳書『知の広場』を読み終えて、心底、興味深かった。

 この本で紹介されているように、イタリアでは古い修道院や建物を図書館に改装しているところが多いと言いきれないが、少なくないようだ。2年前、イタリアに行ったときに、見学した図書館が修道院を改装したり、古い建物を図書館として使っているところがあった。フィレンツェで訪れた市立図書館の一つも、詳しく調べていないが、おそらく修道院を改装した図書館ではなかったかと思う。
 日本では、帝国図書館、その後の国立国会図書館支部上野図書館を改装した国際子ども図書館など、古い建物を改装した図書館にはいくつか例があるが、イタリアは、懐古趣味というか、要地獲得が困難なのか、古い建物を大事に使っている。日本は木造建築が多いから、新しい図書館に改装するのが難しい。それに対して、イタリアは石造建築だから、改装するのも容易なのだろう。それに修道院など、たたずまいに趣もあるしね。図書館として活用するのも悪くないよね。

 それでね、先日のブログに、半分冗談のつもりで、「図書館で葬儀をやったら」と書き込んだんだけれど、『知の広場』に、スペインで住民から図書館でお葬式や結婚式をしてほしい要望されたことが書かれている(188pの後ろから3行目)。なので、冗談や笑いごとではない。
 ただ、注意しなければならないのは、要望した住民も、図書館も本来の「図書館の機能」を十分に認識したうえでのことなのか、図書館が何であるかもわからずに、要求して、要求を聞き届けたのか、である。本質的な図書館の機能を見失うことがあってはならない。『知の広場』の著者も、図書館としての本質的な機能を十分に認識したうえで、大胆な意識改革を提案している。

 そうそう、もういい加減、翻訳書のあら探しをするのは、やめるけれども、これだけは一言、言いたい。第11章の終りに、193pに、「メルカート」とある。イタリア語を勉強している人や、セレブに憧れて、小ジャレな生活している人ならば、これがヨーロッパの町に見られる「町の市場(いちば)」ことを意味していることがわかる。それ以外の大多数の人には、「メルカートって、何?」である。おそらく、訳者は「市場」と漢字で表記すると、「しじょう」と読まれて、「株式市場」や経済学で話題にする抽象的な意味での「市場」を連想されたくなくて、イタリアへ行った人なら、わかるはずと思って、あるいは、何の意識もしないで、「メルカート(Mercato)」と訳したのだろう。残念ながら、大多数の読者は理解不能である。もう少し配慮がほしかった。他にも、不用意にイタリア語をそのままカタカナにした例がある。じっくり理解するにはイタリア語の辞書が必要だ。
 たとえば、Falconがいきなり「あの人はサンパチクな人だよね」「あの人、サンパな人だね」と言ったら、どれくらいの人が意味を理解して反応するだろう。

 「え、松ケン・サンバのことだろ、踊る人だろう。オーレ、オレッって、な」

 違うよ、「サン」じゃなくて、「サン」だってばあ。食べるパンのパだよ。パンツのパだよ。

 「じゃあ、散髪した人かい」

 もう、違うってば、フランス語でサンパっていうのは、「感じの良い人のことを言うんだよ。好人物だよね、って、言う意味だよ」

 「なに、まどろっこしいこと、言ってんじゃないよ。なら、初めっから、感じのいい奴だって言えば良いじゃないか。それを、サンバとか、三バカとか言うから、わからないじゃねえか」

 ねえ、それにしても、松ケン・サンバって言っても、わからないかもよ。だって、今、松ケンと言えば、松山ケンイチのことだし。

 「なんだよ、その言い草は、あんたが変なこと言うから、こんがらがっちゃうんだよ」

 ま、変なオチがついたけど、そんなところかなあ。

02:12:23 | falcon | comments(0) | TrackBacks