May 09, 2010

ビジネス支援から図書館経営を考える

 Falconは大学を卒業したばかりの頃、日本貿易振興会(ジェトロ)の資料室で、1年くらいアルバイトしていた。一応、派遣の嘱託職員だった。
 あの頃は、ジェトロの資料室も膨大な資料があった。世界の主要国の貿易統計、産業統計・生産統計、経済統計、海外投資に関する資料、関税率表など、日本国内で唯一最大の貿易・経済に関する情報センターだったと思う。その頃、変動相場制で、急激に円高が進み、日本の貿易が輸出促進から輸入促進に転換したころで、日本の各地から多くの利用者が情報を求めてやってきた頃だった。狭い閲覧室だったが、多いときは1日平均200人くらいの利用があった。請求のあった資料を広い書庫の中から探して出納していた。硫酸を含んだ紙のホコリを大量に吸い込んでいたのは、このときだった。
 大学では日本文学を学んでいたので、世界経済の知識なんか皆無の門外漢だった。最初は「カナダの貿易統計、お願い」といわれても、書庫の中をうろうろするばかりだった。資料請求の受付カウンターの職員の人がベテランのときは、どんな資料であるか、ある程度のメモを書き込んでもらえた。5ヶ月くらいたって、仕事に慣れてきた頃、旧・国鉄から再就職した人がカウンター担当になると、利用者の要求を聞き取らなかったので、代わりにレファレンスもしてしまった。「海外に製造工場を作るには、どうしたらいいか」なんて質問も受け付けたこともある。

 あのとき、メモ書きでも気が付いたことを書き遺しておけばよかったと思う。先見の明が無かった。何しろ、虫垂炎で手術して、傷口から化膿したらしく、腹膜炎で再入院したくらい、身も心もボロボロだった。「図書館のお兄さんになること」だけで、気持ちを支えていたころだった。

 そのとき、「これからは、図書館はビジネス支援だなあ」と思った。千葉県の浦安市立図書館が高い貸出率を誇っていたころだ。日本の公共図書館は読み物や教養書の貸出と児童サービスが中心だったころだった。

 一時、日本でビジネス支援と騒がれたが、あまり聞かない。
 正直言って、ビジネス支援をしている図書館に行っても、あまり役に立ちそうな資料が無い。大抵が、そこの図書館が元から所蔵している資料を選び出して陳列・展示して、あとは調べ方のシートやパスファインダーを並べて、たまにレファレンス講習会をする程度が多い。
 主要な統計、企業のディレクトリー(名鑑)などは、インターネットのデータベースで調査できる。ところが、そういう情報も提供されていない。

 ジェトロの資料室では閲覧室のThomas Register(アメリカ合衆国とカナダの製造業のディレクトリー)がよく利用された。日本貿易月表は頻繁に利用されて、あの電話帳のような資料をブックトラックで30冊近く運んだこともある。1台のブックトラックを右手で掴み、左手でもう一台のブックトラックを掴んで、狭い書庫の中を器用に方向転換しながら運び出す。こんな芸当もできた。こんな思い出話ができる図書館学の先生も少ないなあ。

 ビジネス支援を企画するなら、夜食を作るみたいに在り合わせの資料で間に合わせるのではなく、必要な資料の購入費とデータベースの契約料を予算に計上して、専門の職員を採用しないと、利用者の要求にこたえられない。
 その経費をどのように捻出して、利用者を引き付ける図書館サービスに繋げるかを考えるのが、図書館経営である。

 サービスの種類と満足度調査、経営の自己分析でお茶を濁す説明をしたのでは、本質的な図書館経営を受講者に伝えられないだろうと思う。

 もう一言、これを書いたら、そろそろ寝るとしよう。
 たしか、随分前に慶応義塾大学の糸賀先生がおっしゃっていたが、レファレンスサービス演習の演習問題を見ると、花鳥風月をめでる様な問題が多い。つまり、文学・歴史の問題が多すぎる。けだし、名言だろう。最近は、社会情勢や科学技術の演習問題も多くなったが、相変わらず、地元の郷土歴史家・好事家が喜びそうな演習問題が多い。専門職の図書館司書の養成には、広い視野がないといけないなあと思う。

23:58:54 | falcon | comments(0) | TrackBacks

図書館職員の労務管理・健康管理

 世間の人たちから「図書館職員は楽そうだ」「好きな仕事ができて、うらやましい」と思われている。
 大学で司書課程を履修している学生たちも「知的でカッコイイ」「のんびり本が読めそうだ」と思っている。

 それは甘い考えだ!

 日本図書館協会で図書館学教育部会の総会があり、研究集会もあった。平成12年度以降の新科目「図書館概論」「図書館制度・経営論」をどのように教えるかという発表と意見交換が行われた。

 図書館司書課程を担当している大学教員の中には、司書・図書館職員を経験したことなく、大学院で図書館情報学を学んで教員になった人も少なくない。もちろん、Falconのように、図書館関係のアルバイトを経験して、図書館職員をした人もいる。しかしながら、研究者と自称している人の多くが、現場経験もなく、「図書館情報学」の看板を掲げて、「図書館の経営には、計画、実行、評価、、、」などと御題目を唱えている。

 そこで、最後に一言、「図書館経営論には、職員の労務管理と健康管理の問題も大切だと思います。司書課程を履修している大学生は、図書館の仕事を楽そうだと思っているので、実は肉体労働であることを理解させるためにも、労務管理と健康管理の問題も経営論で考えてほしい」と発言した。
 理論派の先生たちも、納得してもらえた。最後に「おいしい」ことを言いやがったな!と思った先生もいただろう。

 日本では、司書と言ってしまうと、公共図書館の専門職員に限定されるし、学校司書という法律にない通称もあるので、すべての図書館に対応するために、ここでは図書館職員と言おう。

 図書館職員にも、固有の職業病がある。
 肩こり、腰痛に悩まされる。それが悪化して、脊柱管狭窄症、椎間板ヘルニアになる。本は意外と重い。返却本の排架作業で、書架の低い棚に置くときは、腰をかがめ、高い棚に置くときは、背筋をそらせる。これらの無理な動作がきつい。

 さらにパソコン作業も、長時間、同じ姿勢を続けるので、肩や腰の筋肉がこわばり、肩こりと腰痛を悪化させる。パソコンの画面から静電気でホコリが目に直撃して、知らず知らずのうちに、角膜や結膜を傷つける。メガネをしていても、ゴーグルを付けない限り、ホコリが回り込み、結膜は傷つく。パソコン作業で最もストレスを与えるのは、画面の明るさと周囲の明るさの差が大きいことで、瞳孔の開閉が頻繁になり、眼精疲労を起こす。

 紙には色々な薬品が含まれているので、紙から発生するホコリを吸い込んでいると、気管支・肺に影響を与える。最近は酸性紙が減ったが、以前は酸性紙の硫酸アルミニウムから発生した硫酸を含んだホコリを空調設備もない書庫の中で吸い込んでいたのだから、病気にならないのが不思議なくらいだ。中性紙であっても、安心はできない。アルカリ性の化学物質が含まれている。
 ちなみに、Falconは書庫から出納する作業をしていたら、数年後に自然気胸になった。自然気胸は体質も関係するので、図書館での作業が直接影響したとは言えないが、何らかの影響があったと思う。

 公共図書館では、ほとんどの本に補強用にビニールシートが被せられている。ビニールを柔らかくするための可塑剤として油脂が含まれていて、排架作業をしていると、その油脂でアレルギー反応を起こしたり、手荒れがひどくなったり、悪化すると指紋が消えることもある。

 利用者とのトラブルも、職場の対人関係も、職員の精神的なストレスになり、うつ病などの精神疾患の原因になる。
 図書館にやってくる利用者は、読書を好む教養のある立派な人格者とは限らない。むしろ、社会的に弱い立場の人が多い。
 街の公立図書館で、午前中、雑誌・新聞コーナーにやってくるのは、定年退職した高齢者の男性が多い。きっと、長年連れ添った妻に、掃除の邪魔だから、図書館でも行ってきてと言われているのだろう。ブラウジング・コーナー(軽読書コーナー)には、悲哀が漂っている。
 カウンターで長々と質問する利用者もいる。急にカーッとなって怒りだすのも、中高年で、男女を問わない。
 以前にも書きこんだが、ヤクザも、ホームレスもやってくる。
 職員の中で、学歴や司書資格の有無などで態度に差をつけることが起こる。図書館職員は学歴でプライドを保っている人が多い。それに、狭い職場で、開放的でない。女性の率が高い。正規職員と立場の異なる嘱託職員、臨時職員、おまけにボランティアと入り乱れた関係におかれる。日本の図書館には職階制がほとんどなく、命令系統がはっきりせず、妙な平等主義で、仕事の分担も割り切れないことが多い。

 何が言いたかったのかといえば、図書館情報学の大看板を背負っている研究者には、こういう泥臭いことは経験していないので、考えられないだろうと思う。学生たちと夢のようなことを語っているのだろうなあと思う。
 Falconは、学生の夢を奪っても、現実の泥臭い話をしていこうと思う。フフフ、楽しみにしておれ。

00:41:25 | falcon | comments(0) | TrackBacks