March 04, 2009

夜明け前

 築地はすべて「海」の中である。あるところは廃線となった鉄道づたいに行くセリ場であり、あるところは東京湾の岸であり、あるところは本願寺の入り口である。トラックが行き交う街道はこの深いビルの谷間を貫いていた。

 読み終えたときには、夜明け前になっていた。
 テオドル・ベスター著;和波雅子,福岡伸一訳『築地』(木楽舎)は、アメリカの人類学者が世界最大ともいえる海産物市場の構造に迫ったノンフィクションだ。

 実は、Falconの祖父が築地で働いていた。病に倒れる直前まで築地で働いていた。佃島で育った母と、新宿で育った父が出会うきっかけは、母の知り合いが築地で働いていた父方の祖父と親しかったからだ。
 幼い頃、父か、母に連れられて、祖父の働いている築地市場まで行ったことがある。海の潮の香りと、鮮魚を捌いたあとの血、運河に浮かぶ油が記憶にある。用がすんで、帰るとき、祖父の姿が広い市場の中でポツンと小さくなった。祖父が冬空のもとで手を振っていた。

 祖父は寡黙な人なので、市場の中のことはよく知らなかった。この本で驚くほどの築地市場の複雑な仕組みを知った。
 アメリカの人類学者が書いた作品なので、象徴的な表現がときどき目に付き、理解するのに戸惑った。しかし、じっくり味わううちに読むのが楽しくなった。

 訳者の一人は、今をときめく青学の福岡伸一先生。生物学的に見た築地についての「あとがき」は、是非最後に読んでほしい。後でゆっくり味わうために取っておく寿司ネタのように。

 読んでゆくうちに、築地は「成長する有機体」だと思った。まるでランガナータンの『図書館学の五原則』の図書館のアナロジーだけれども。

 

13:30:08 | falcon | comments(0) | TrackBacks