August 17, 2007

アサッテの人

 諏訪哲史氏の『アサッテの人』が芥川賞を受賞しましたね。

 Falconは最近の芥川賞に興味が無く、受賞したからと言って、焦って読もうなって気が起きなかったのですが、今回だけは色々な縁を感じて、一応読んでおく気になりました。

 Falconは、まだ少年だった頃、小説家に憧れたことがあります。というのも、親類、もっとはっきり言えば、父の妹、つまり叔母の夫、手っ取り早く言えば、義理の叔父ですが、イラストレーターをしていまして、文芸雑誌の挿絵を手がけていたこともあり、同人誌に小説を発表していたのです。その叔父が、Falconが高校生の頃、『文学界』という雑誌の新人賞を受賞したことがあり、自分もいつかは叔父のように小説を書いて発表したいと考えていました。ちょうど、村上龍さんの『限りなく透明に近いブルー』や池田満寿夫さんの『エーゲ海に捧ぐ』などが芥川賞を受賞したころです。中沢けいさんの『海を感じるとき』が文藝誌『群像』の新人賞を受賞したのも、この頃です。
 カッコよく言えば、ちょうど多感な時期でしたね。現実に即して言えば、他から影響を受けやすく、すぐ自惚れて、調子に乗って、何かをしたくなる時期でした。イヤイヤ、今でも自惚れて、人に乗せられる性格は歴然として残っていますけど。
 この頃、よく読書をしました。人に誇れるほど、本を読んではいません。むしろ、今の職業からすれば、絶対疑われるほど、わずかの本しか読んでいません。そのくせ、小説家になりたがっていました。
 不思議なことに、高校生の頃、1時間で400字詰め原稿用紙で10枚くらい書くのは、ヘッチャラでした。ときどき、高校生の頃書いた文章を発見して読むと、今よりも語彙が豊かで、まるで別人が書いたようです。今は100字思いつくのに何時間もかかるというのにー!、大人になると進歩すると思われがちですが、実は退行しているのではないかと思うこともあります。

 で、『アサッテの人』の感想ですが、なんとも言い難いというのが、情けないですが、正直な感想です。はじめ、読みづらい文章が続いたので、「ああ、こんな風な文章が続くのか」と思っていたら、章が変わると、すごく読みやすい、理解しやすい文章が続き、作者が個性を発揮する文章が突如現れては、難解な口当たりの悪いゴツゴツした文章になり、こういう実験的な文章かなと思うと、作者の「叔父さん」の奇妙な言葉が飛び出て、意表を突くという、イギリスの小説家ローレンス・スターンの『トリストラム・シャンディ氏の生涯と意見』のような感じがしました。えっ、「さっき、あまり読書してないと言って置きながら、聞きなれないタイトルの小説を持ち出したなあー!」ですって、まあまあ言葉の綾ですから、その辺のところはお許しを。『トリストラム・シャンディ』は岩波文庫で翻訳が読めます。夏目漱石が「どこが頭で尻尾なのかわからない海鼠のような」小説と評した、おそらく文学史上、類を見ない奇書に属する小説です。そういえば、『トリストラム・シャンディ』も、語り手である主人公が自分の叔父さんのことを語ってゆくくだりがありました。『アサッテの人』はストーリーを楽しむというよりは、文章の妙を味わう小説かもしれません。

00:09:23 | falcon | comments(0) | TrackBacks